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【Interview】応援メッセージ:羽生善治さん


進路選択に迷うのは
あなたが可能性にあふれているから

棋士
羽生 善治 さん

羽生善治さん

 中学3年生のプロ合格以降、将棋界を代表する存在の1人である棋士、羽生善治さん。稀代の天才棋士として数多くのタイトルを保持し、将棋に詳しくない人にもよく知られている方ですが、通信制高校の卒業生であることは知らない人も多いのではないでしょうか。
 学生時代のお話や、「好きなことを仕事にする」ことについて、そして今進路に思い悩んでいる学生へのメッセージをいただきました。

――羽生さんの高校生活についてお聞かせください

 私が奨励会(将棋のプロを目指す養成機関)に入り、棋士を目指したのは小学校6年生の頃でした。プロになったのは中学3年生。両親の勧めもあって定時制高校に進学はしたものの、多いときでは月に10日くらい対局のための休みを取っていました。夕方くらいの新幹線に乗って関西へ行き、対局を夜中までやって、始発に乗って帰ってきて、午後から出席するようなことも少なくなかったですね。学年末になると「あと何回休むと単位が取れない」とか、単位の計算ばかりしていました。
 時間の都合をつけながら努力しましたが、やはり定時制高校は卒業が難しいということになり、途中から通信制課程のある学校へと転入しました。同い年の同級生に囲まれていたのが、幅広い年代が共に学ぶ環境へと移ったわけです。生徒が先生より年上という場合もあったし、進学の動機もさまざまでした。「戦争で高校に行けなかった」「勉強が苦手だったので学び直しをしたい」など、ブランク等があっても勉強に取り組まれている姿には、素直に「素晴らしいな」と感動したのを覚えています。年代の幅があるため体育の授業も工夫されていて、みんなで谷中の墓地をウォーキングしたりと、珍しい思い出を作れました。
 卒業には4年かかりましたが、それまで知らなかった世界を知れたことが、今振り返ると高校に進学して一番良かったことだと思います。

羽生善治さん

――時間のやりくりなど、大変ではなかったですか?

 10代の頃は、とにかくいつも時間がなかったので、電車に乗ると寝過ごすことがないかすごく心配でした。気をつけていても爆睡してしまって遅刻しそうになったりとか、たまにありましたね。
 自分を律しよう、きちんとしようとしても、失敗してしまうことはよくあります。僕だって今でも自分を律しきることはできません(笑)。でも10代の頃に比べたら、自分のクセや弱点がつかめているぶん、失敗は少なくなったと思います。クセをつかんでいるというのは、例えば頑張りすぎてしまう人だったら「限界になってダウンしてしまわないように、どこかで緩めておこう。ペースを下げよう」とかですね。自分の性格に合わせて対処法を作るんです。
 中学生や高校生できちんと自己管理なんて、しきれないのが普通だと思いますよ。ただ、そう心がける最初の一歩を踏み出すのにはちょうどいい年齢だと思います。

――好きなことを学びたいと思っているけれど「自分にできるだろうか」と迷っている声をよく聞きます。どんなアドバイスをされますか?

 棋士を目指したいと思っている子でも、いざ「四段(プロ)になるまでどのくらい頑張らなくてはいけないか」ということを具体的に知ってしまうと、心が折れて辞めてしまう子は少なくないと思います。小学生くらいだったら特にそうじゃないのかな。
 先のことはよくわからないけれど夢中で取り組んで、ずっと続けているうちに結果的に望んだ道に進んでいるというのが理想だとは思います。しかし現代は情報を集めるのがとても簡単だから、知らずにいるのは逆に難しいのかもしれませんね。
 ただ、達成するのが難しい道に進むときに、仮にそれでうまくいかなくなったとしても、将来的な仕事にはならなかったとしても――、それでも「自分はどうしてもこれをやりたい」と思えるのはいいことだと僕は思います。後から振り返ったときに、後悔しないよう選択してほしいと伝えたいです。

羽生善治さん

――それでもやはり迷ってしまう、という人もいそうです

 10代だと変わっていける可能性がたくさんあって、一つに決めるのが難しいですよね。現代はリスクをいかに分散させるか、ちゃんと天秤にかけている傾向が強いと思います。将棋の世界でも、近年は将棋に打ち込みつつ進学して、高校や大学を卒業する人が多数派です。今の時代、勉強はどこででもできるので、両立は十分できます。
 僕自身も高校を卒業したことで、この先もし何か勉強したいことができて、大学で学びたいなと思ったとき、それができると思えるのはありがたいことです。そういう計画があるわけではないけれど、可能性があるだけでもうれしいですよ。迷いがあるなら、選択肢を残しておくのもいいのではないでしょうか。

――最後に、進路選択に悩んでいる若い人へのメッセージをお願いします

 将棋の世界において、全国から実力者が集まる奨励会であっても、プロにたどりつくのは全体の2割ほどです。僕もお世話になった先輩、身近な同輩がプロ入りを諦めて去っていくのを子どもの頃から何度も見てきました。誰に強制される訳でもありませんが、そうした環境に身を置いていると真面目に取り組まねばという気持ちは常にありました。
 将棋の世界には『師匠』という存在がいるのですが、師匠の大事な役割の一つが、見込みのない弟子にきちんとそれを伝えてあげるということです。ぎりぎりまで頑張るという道もありますが、できればその前にきちんと伝える。弟子がこれ以上先に進めるかどうかは、師であればわかってしまうものです。
 本人は努力が報われなかった喪失感があるだろうし、その瞬間はやはりショックでしょう。だけどその後他の世界に進んだときに、それだけ一つのことに打ち込んだ集中力や経験は無駄になりません。そうやって他の進路を選んで、活躍している人は山ほどいます。
 進路について悩むのは、苦しかったり辛かったりすることだと思います。でも学生時代、既に棋士だった私にとっては、悩んでいる同級生がとても輝いて見えました。何でも選べる、悩めるというのは実はとても素晴らしいことだと思います。
 10年後20年後に振り返ってみれば、10代での選択はいくらでも軌道修正ができるし、失敗だと思ったことが次へ進むきっかけになったりします。大切なことだけれど、必要以上に深刻になりすぎず、自分の進む道を選んでください。


はぶ・よしはる
●将棋棋士。1970年埼玉県生まれ。
永世名人(十九世名人)・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世棋聖・永世王将の資格、並びに名誉NHK杯選手権者の称号を保持する、日本で最も著名な棋士の1人。2015年2月8日に開催された電王戦×トヨタ リアル車将棋では豊島将之七段を破り勝利を収め、ユニークな企画とも相まって話題を集めました。