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【Interview】応援メッセージ:梶原 徹也さん


エネルギーのぶつかり合い!
崖っぷちから、救い出してくれたのは
パンクが持つ 限りないエネルギー!

ミュージシャン
梶原 徹也 さん
元ザ・ブルーハーツ ドラマー

梶原 徹也さん

 大人気パンクロックバンドとして80年代の音楽シーンを席巻したザ・ブルーハーツ。その魂の叫びのような音楽をパワフルな8ビートで支えたのはドラマーの梶原徹也さんでした。その激しい印象とは裏腹に高校時代は不登校を経験されたそうです。そんな梶原さんに不登校だったころのお話、現在の活動についてなどをお伺いしました。

不登校だった高校時代
布団の中で出会ったロックが心の支えに

 もう35年も前になりますが、僕は高校時代、不登校生だったんです。当時はなぜか進学校に通っていて、自分の気質と進学校での時間の使い方がうまく合わなくて破綻してしまったんですよね。
  今、アスペルガーとかADHDの傾向があって、みんなと折り合いがつけられなくて、悩んでる子いっぱいいますよね。今から思うと、僕もボーダーの気質を持っている子どもだったと思うんです。真面目でこだわりが強いけれど、あまり器用ではなくて、自分の気持ちに上手く折り合いがつけられない子でした。でも当時はそんなの分からないので、ただ自分はダメなやつだと悩んで、人生で一番ヘビーな時間を過ごしました。昼に寝て、夜に部屋で活動するという昼夜逆転生活。でもそんな生活の中でパンクと出会ったんです。もともと大好きだったビートルズやジョンレノンに加え、ザ・クラッシュ、ラモーンズ、ダムドなど同世代のロックが出てきて、そのメッセージに共感したんです。「今は周りに分かり合える人もいないけど、こいつらとはつながってる」という感じで、生きる支えみたいになりました。

バンド活動を通じて生まれた居場所
俺にはもう音楽の道しかない!

 そして、音楽が外に出て活動するきっかけにもなったんです。学校に行くと、やっぱりロックやパンクが好きな子が何人かいるわけです。あいつも、こいつもと、音楽を通じてどんどん仲間が増えて、それで高校3年生の夏休み前ぐらいから「じゃあバンドやろう」 となったんです。バンドって1人かけたら成り立たなくなるから、「お前が必要だからな! 頑張ってくれよ」みたいな感じで、自分の居場所がどんどんできていきました。そのまま文化祭でバンドデビューして、ドーンと自分に対する自信が復活したんです。
 その頃から「俺はプロになるんだ!」とよく言っていましたね。不登校を経験して、一度普通の道から、ドロップアウトしたような気がしていたので、「もう他に道はない」って勝手に思い込んでいたんです。上京して東京の大学に通いながら、バンド活動ばかりしていました。そんなときザ・ブルーハーツと出会ったんです。「すごいバンドがあるぞ」と東京の音楽仲間の間で噂になっていて、ドラマーを募集しているという話が転がり込んできたんです。「じゃあ」とオーディションみたいなものを受け、そこからメンバーとして一緒に活動することになりました。

初期衝動こそロック!
みんなのエネルギーが共有された瞬間 音楽のすごさを感じる

 今は、障がいを持ったメンバーとともにバリアフリーロックバンド 『サルサガムテープ』 のドラマーとして活動したり 、『東京シューレ』 など、各地のフリースクールで講座を開かせてもらっています。やっぱり自分自身が「崖っぷちから、音楽に救われた」という経験をしているので、音楽の持っているエネルギーをいろいろな人に伝えたくて始めた活動でした。
  音楽の素晴らしさって、その場にいるみんなが共有できるところだと思うんです。例えば、武道館で1万人の前でライブをやっても、 打楽器講座で5人とか10人でセッションをしても、音楽の持つ楽しさというのはまったく変わらないんです。ステージにいる人が中心にすべてが進んでいくのではなくて、例えば曲など、ちょっとしたものをきっかけに実はみんながエネルギーを出し合って、共有していることが音楽のすごさを生み出しているのではないかと思います。そういうのって、技術とか規模に関係なく、いろんな場所で実現できます。
  そもそも僕は根っこがパンクなので、テクニック以上に「初期衝動こそロックだ!」っていう流れで突っ走ってきたところがあります。もちろん技術の素晴らしさもあると思うんですが、ただストンと面白い! と感じた音を受け止めればいいじゃない! という気持ちがあって、それってそのまま「こんな生き方もいいじゃない」という多様な考えを受け入れることにもつながる気がするんです。特に打楽器って奥が深い割に扱いやすくて、誰でも参加できます。プロもアマも関係ない参加型の音楽をやるにはもってこいなんです。

世界は広い!
学校からはみ出した君はすごくかっこいい!

 フリースクールでは、いろいろな講座を開いています。バンドを組んで好きな曲を演奏してもいいし、みんなで輪になって、トントンパンパンとリズムをつなげていくようなリズム遊びもやります。みんなで音を出してエネルギーを共有して、「今日は最高だった!」って、僕も一緒に楽しんでいる感じ(笑)。
  今、日本の教育って、すごく限定的だし、管理的なところがあります。そこで生きづらくなってしまった子たちがいて思い悩んでいる。でも学校は世界のほんの一部。まだまだ知らない世界がたくさんあるから、いろんな所でいろんな人生経験をしたらいいんですよね。そんなとき大切になってくるのは、やっぱり居場所。人間って居場所で元気を取り戻して成長していける。学校でも家でも居場所がないっていうのが一番辛いことなので、だからこそフリースクールみたいな場所が必要で、フリースクールを選択できた子どもたちはむしろすごく勇気のある子たちだと思うんです。

サルサガムテープ

障がいを持った人、そうでない人が渾然一体となったバリアフリーロックバンド。定期的にライブを開き、夏場のロック音楽フェスティバル、通称夏フェスにも参加するなど、精力的に活動中。
■サルサガムテープオフィシャルサイト
『SALSAGUMTAPE Barrier free Rock Band Official Web Site』 http://salsagumtape.hitension.org


梶原 徹也(かじわらてつや)
1963年、福岡県生まれ。ドラマー。1986年4月にザ・ブルーハーツ正式加入。モヒカンと黒のタンクトップをトレードマークに、パワフルな演奏で人気を博す。現在は「サルサガムテープ」「サンダービート」「太陽ドラム」など、大人数で打楽器を打ち鳴らす参加型音楽を中心に活動。また全国のフリースクールで講座を開催するなど、社会貢献活動も積極的に行っている。
■オフィシャルブログ
『梶原徹也の、お風呂でコーヒーもう一杯!』 http://ameblo.jp/tetsuya-kajiwara