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通信制高校と「その後」#01(前編)
「家庭との連携を学校側も重視」Kさん親子

 2023年12月21日

 

Kさん(21歳・男性)
お母さま


小中学校で不登校を経験したKさん。幼少期からパズルや数学が得意で、反対に興味の向かないことには意欲がわかないなど、能力の凸凹が大きかった(いわゆるギフテッド)。中学時代はゲーム依存にもなり、外出もままならない状態に。そのような中で高校の進路として自分のペースで学ぶ通信制高校を選択し、現在の職業につながるあるプロジェクトと出会う。現在、自身の特性が活かされる業務において能力を発揮。資格取得なども積極的に行い、その実績が認められ、契約社員から正社員へ登用された。 

聞き手:畠中直美(チャレンジドLIFE)

3児の母。長男が自閉スペクトラム症。長男の幼少期、進路選択や就労の情報がなかなか得られないことに不安を覚えたことをきっかけに、発達障害児の親として知りたいことを学び、発信する「チャレンジドLIFE」を立ち上げた。 


[幼少期から中学生までの様子と通信制高校との出会い]
小3で中学3年の数学を解読
発達の凸凹指摘受けるも「療育を受ける余裕なかった」


畠中:まずはお母さまにお話をうかがいます。息子さん(Kさん)の幼少期の様子を教えてください。

お母さま:幼い頃からパズルやルービックキューブがとても得意でした。5歳で英語の絵本が読めていて、漢字を覚えるのも早く、小学3年時には中学3年の数学が解けていました。一方で、国語や社会、理科などには全然興味を持たず、漢字練習も自分にとっては必要ないと勉強はしませんでした。当時ギフテッドという言葉は知りませんでしたが、能力の凸凹や興味関心が極端だったので、今思えばおそらくそうだったのかなと思います。

畠中:発達の凸凹はそのような形で表れていたんですね。小学生の頃はどのように過ごされましたか?

お母さま:小学3年生の頃に教育センターで発達の凸凹を指摘されました。その頃、学校や家庭で様々な状況が重なり、小学4年生の頃に不登校になったんです。家族全体がしんどい時期で、療育という手段を検討する余裕すらなく、支援につながることはありませんでした。半年ほどたって登校を再開できましたが、中学校への不安は残りましたね。

畠中:お辛い時期を経験されたのですね…。実際に中学校に行ってからはどのような様子でしたか?

お母さま:中学校は全教科まんべんなく学習することが求められますし、さまざまな規律もあるので、おそらく合わないだろうなと思っていました。入学後しばらくは通っていましたが、中学1年の秋からゲーム依存に。過集中の特性もあり、どっぷりはまって、再び不登校になりました。不安はありましたが、登校を無理強いはしませんでした。

畠中:中学時代は息子さんの不登校に寄り添われたのですね。高校の進路選択も不登校のなかで行われたのでしょうか。

お母さま:親としては通信制高校以外の選択肢が思い浮かびませんでした。進路の話し合いは中3の春にしたのですが、当時、息子はけっこう荒れていたんです。ただ、彼は自分にとっての必要性やメリットを感じると動けるので、その性格をふまえ、まずは「高校は行ったほうが得」「毎日ではなく週に2、3日だけ登校する通信制高校もある」という情報を事前予告として伝えたんです。そうしたら息子から「いいね」という反応が返ってきました。 

その後、息子と夫とともに学びリンクの合同相談会にも参加し、学校の情報を集めました。学びリンクの社長さんの講演を聞いた時に、通信制高校への不安も解消され、前向きな気持ちになれたのを覚えています。 

畠中:通信制高校も多数ありますが、進路選びはどのようにされたのでしょうか。

お母さま:息子は長く引きこもっていたので、学校見学に行くにも靴を履くだけで大変な状態でした。本人は進路についてとても迷っていて、親としては「この学校が合っていると思うよ」と誘導したい気持ちもありましたが、そこはぐっと我慢して、本人が納得して選べるよう伴走していましたね。

親子で説明会や見学に行って、通信制高校にもそれぞれ特色があることがわかりました。初めに見学した学校は、印象は良かったのですが、自発的に活動できる生徒さんが通っているイメージ。広い学習室にメガホンがおいてあり、先生が生徒を呼んだり、注意したりするために使うようでした。そういう体育会系な指導は、息子は苦手で、また行かなくなってしまうのではと思いました。

その後、別の通信制高校を見学した時に、中学生向けの体験コースがあることを知り、試しに2か月参加してみることにしたんです。その時、校長先生が「K君に会う人を見つけたいから、いろんな先生に会ってほしい」とおっしゃって、先生方が入れ代わり立ち代わり挨拶に来てくださりました。その中にたまたまポケモンのゲームが強い先生がいらっしゃって、意気投合したんですね。息子は、その先生に会いたくて、その後も通うようになりました。校長先生や現場の先生方の本人や保護者への関わり方にも安心感を覚えましたし、こうした環境なら息子の気持ちを引き出してくれるだろうなと思い、最終的にその学校へ入学を決めました。


[通信制高校での学校生活と自身の変化]
そっとしておいてくれる環境
家庭との連携を学校側も重視


畠中:ここからはお母さまと、Kさんご本人にもお話をうかがいます。まずはKさん、通信制高校時代はどのような生活をされていましたか? 通い方やほかの生徒さんとの様子などもお聞かせください。

Kさん:学校には週1、2回くらいのペースで通っていました。だいたい11時〜15時くらいで、授業は動画を視聴していました。それ以外は特に勉強を強いられる雰囲気もなく、ゲームなど好きなことをする自由時間もあったので、楽に過ごしていましたね。

勉強も一人で集中したいタイプなので、学び方は合っていましたし、友達との関係も、無理に一緒に過ごさなければいけないこともなく、話しかけてきたりもせず、そっとしておいてくれていたので、ストレスにならなかったです。

畠中:学校の環境がKさんに合っていたんですね。お母さまから見て、通っておられた通信制高校の良さを感じる部分、またKさん自身の変化をどのように感じられましたか?

お母さま:ありがたかったのは、高校生であっても家庭との連携が必要だと先生方がわかってくださり、親の心配な気持ちを受け止めてくだったこと。個別支援計画を作る際も、学校、本人だけでなく、親の意見を取り入れてくださいました。

特に息子は人の力を借りるのが苦手で、「わからないけど聞けない、聞き方がわからないから嫌だ…」というような心の動きがありました。でも、先生方や親が少しずつ助言したりしながら、3年間で人に相談する力はついていったように思います。 
それから自分で調べてレポートにまとめる作業も多かったので、文章をまとめる力もつきましたね。ほかにも、本人が苦手としていた「予定を立てること」も3年間の中でできるようになったと、親の目線からは感じています。

(後編に続く)