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大学って何⑩<最終回>
人は何のために学ぶのか

 2018年12月17日

 
これは何に見えますか?――実は、通路に埋められたガラスについた“カビ”です。
人はなぜ学ぶのでしょうか。

この言葉は二つの意味に取ることができます。一つは「人はなぜ学ばなければならないのか」。もう一つは「人はなぜ学ぼうとするのか」です。あなたは、どっちの意味で受け取りますか。

前者は、小学生が母親に「どうして勉強なんかあるの!」というのに似ています。後者は「どうして人間は役にも立たないことを知ろうとするのか」という疑問に通じるでしょう。いずれも結果として学ぶことが前提になっていますが、では「何のため」に人は学ぶのでしょうか。

中年の女性がカウンセリングセンターで、小学校の算数の教科書で勉強している光景を見たことがあります。その人は、小学校にもろくに通えなかったので計算をすることが苦手でした。職場を転々としてきたそうですが、その理由は、まじめに仕事をするので主任にしてやろうと言われるから、というのです。主任になると1日の売上などの帳簿を作り、計算をしなければなりません。それができないことがばれる前に辞めるということを繰り返してきたのです。その後どうなったかはわかりませんが、彼女は単に計算能力を身につけようというのではなく、自分の尊厳を取り戻そうとしているように見えました。悔しいとか情けないとか思ったことも多かったでしょう。どうしていいかわからない自分を責めたりもしたに違いありません。でも、計算ができるようになることで自信を取り戻し、人生の方向性を自分で決められる道が開けたのだと思いました。

さて、人は何のために学ぶのでしょうか。前述の女性は、人生の選択肢を広げ、自分の判断で人生を決めるために学んでいるとも言えます。今年ノーベル賞をもらった本庶佑先生は「不思議だと思う心を大切にすること。そして、教科書に書いてあることを信じないで、常に疑いを持ち、本当はどうなっているのかという心を大切にする。自分の目でものを見て納得するまであきらめない」ということが大事だと言っています。学ぶことは「自分で確かめる」「自分が納得する」「自分で判断する」力を身につけるためにやるものなのかもしれません。

「人はなぜ学ぶのかという疑問を持ったとき、すでに答えが出ている」と言う人がいます。その疑問そのものが答えだというのです。皆さんはわかりますか。どういう意味か考えてみてください。

「人はなぜ学ぶのか」――これは私にとっても“永遠の問題”です。